改宗後には、名前を変えるべきか?
改宗後も、ムスリムは自分の名前を変えず、そのままでいることが基本です。預言者の教友の時代でも、名前を変えることは慣例化されてはいませんでした。沢山の人々は改宗しても、アラビア語ではない自分たちの名前のままだったのです。ただし名前に悪い意味があった場合は別で、その意味の悪さゆえに名前を変える、ということはありました。
以下の状況において、名前は変えるべきとなります:
- アッラー以外のものの崇拝や、信仰と矛盾する意味を含む場合:
例えば、「メシアのしもべ」「預言者のしもべ」といったものや、「アッラーの息子」‐アッラーはそのようなことから、遥かに無縁です‐などといった、信仰と矛盾する意味を含むもの。
または、アッラーだけが有する特性・性質を示す名前:
例えば、「王の中の王」など、アッラーUだけが有する性質を、そのしもべに結び付けることなどです。
- 正常な感覚や生理的に受け入れないような、悪い意味を含むもの。
アッラーは私たちに、飲食物や、人生における全てのものにおいて、悪いものを禁じられました。ゆえにイスラームに改宗した後は、悪い意味を含む名前をつけてはなりません。アッラーは仰せられます。『信仰の後の不埒な名前の、何と忌まわしいことか。』(クルアーン49:11)
- 名前が、イスラーム以外の宗教的意味合いがある固有名詞だったり、イスラーム以外の宗教者の間で普及し、それが彼らにとっての宗教的シンボル/スローガン化しているもの。
例えば、キリスト教徒におけるパトリース、ジョージ、ジョン、ボリスなど。
別の名前に変えるときは、その中に、このような意味合いが含まれていないことを確認します。それはイスラームでも命じられているように、自分自身から嫌疑を晴らすためであり、また、そのような名前をつけることは非ムスリムの模倣でもあるからです。
名前を変えることが推奨される場合:
新しい名前が、アッラーにとって好ましいものである場合。例えば、「アブドッラー(アッラーのしもべ)」「アブドッラフマーン(慈悲深いお方のしもべ)」など、アッラーUのしもべであることを示す名前に変える場合などです。これらの名前は推奨される名前ですが、それでもイスラームの改宗とは関係ありません。
- 名前の変更は特に理由がなくても、自由にすることが許されます。例えば非アラビア語の名前を、アラビア語のものにすることなどです。しかしそれは推奨されたことでもなく、イスラームの改宗とも無関係です。
自然な天性のスンナ:
自然な天性のスンナの意味とは?
自然な天性のスンナとは、アッラーが人間をそのように創造された特性のことで、ムスリムはそれを実行することでそれを完全なものとし、最良の性質と最も美しい状態を得ます。イスラームは、ムスリムが外面的・内面的な善を両立すべく、美と付加的側面も配慮しているのです。
預言者rは仰りました。「自然な天性とは5つである:割礼。陰毛を剃ること。口ひげを短くすること。爪を切ること。腋毛の除去。」(アル=ブハーリー5552、ムスリム257)
割礼:これは性器の包皮を除去することで、通常は出産して間もなく行われます。
割礼は男性にとっての自然な天性としてのスンナの1つで、推奨されています。また、健康面での多くの利益がありますが、イスラーム改宗の条件というわけではありません。恐怖や、それ以外の理由から割礼しなくても、罪を犯したことにはならないのです。
陰毛を剃ること:剃刀や、それ以外の手段によって、腋の下の剛毛を除去することです。
口ひげを短くすること:口ひげを伸ばすのは合法ですが、推奨されてはいません。しかしムスリムは、もしそれを残すのであれば、余計に伸ばすべきではありませんし、また定期的に短くしなければなりません。
あごひげを伸ばすこと:イスラームは、男性が両あごとあごの先端から生えるひげを伸ばすことを、推奨しています。
「伸ばす」とは、それを残し、預言者rのスンナに従って剃らないことです。
爪を切ること:ムスリムは爪が汚れの溜まる場所とならないよう、常々爪を手入れするべきです。
腋毛の除去:ムスリムは、そこから悪臭が漂ったりしないように、抜くなり別の手段を用いるなりして、腋毛を除去すべきです。